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メンタルトレーニングが続かない理由 選手が実践できる環境をどう作るか

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なぜメンタルトレーニングは続かないのか

練習後、選手が一人でノートを広げていました。監督が「メンタルトレーニング、続けてるか?」と声をかけると、選手は少し困ったように笑って「はい、やってます」と答えました。でも、そのノートには3週間前の日付しか書かれていませんでした。

メンタルトレーニングを導入したチームの多くが、こうした場面に直面します。最初の1週間は選手も熱心に取り組むのに、気づけば誰もやっていない。監督は「やる気がないのか」と感じ、選手は「忙しくて時間がない」と言う。この溝は、どこから生まれるのでしょうか。

茨城県立医療大学の調査によると、大学運動部活動生を対象にした研究で、メンタルトレーニングの実践を阻害する要因が明らかになっています。この研究は、なぜ選手が続けられないのかという現場の疑問に、一つの答えを示しています。

選手が実践できない3つの理由

研究から見えてきたのは、選手個人の問題ではなく、環境や仕組みの問題でした。

一つ目は「時間の確保」です。選手は練習後に疲れ果て、帰宅してから課題に追われます。メンタルトレーニングは「余裕があればやる」という位置づけになりがちで、結果として後回しにされます。

二つ目は「効果の実感」です。筋力トレーニングなら重量が増えたことで成長を感じられますが、メンタルトレーニングは効果が見えにくい。「本当に意味があるのか」という疑問を選手が抱いたまま続けることは難しいのです。

三つ目は「孤独な取り組み」です。一人で黙々とイメージトレーニングをする時間は、チームスポーツをやっている選手にとって不自然に感じられます。仲間と一緒に汗を流すことに価値を感じている選手ほど、一人での取り組みに違和感を覚えるかもしれません。

これらは選手の「やる気」の問題ではなく、メンタルトレーニングを「個人に任せる仕組み」にしていることが原因だと言えます。

チームの中に組み込む方法

では、どうすれば選手が自然に続けられるのか。ポイントは「特別なこと」にしないことです。

一つの方法は、練習の一部として時間を確保することです。練習後の5分間をリラクゼーションの時間にする。グラウンドの隅で全員が目を閉じて深呼吸をする。これだけでも、選手は「やらされている」ではなく「チームの習慣」として受け入れやすくなります。

日本体育大学の研究では、漸進的弛緩法(筋肉を緊張させてから緩める方法)を継続した選手が、筋の緊張と弛緩の主観的評価が向上したことが報告されています。この方法は道具も場所も必要なく、練習後の5分で十分に実施できます。

もう一つの方法は、記録を共有することです。野球ノートにメンタル面の振り返りを書く欄を設け、監督がそこに一言コメントを返す。選手は「見てもらえている」と感じ、継続の動機になります。孤独な取り組みではなく、監督とのやりとりの一部になることで、自然と習慣化されていきます。

また、効果を言葉にする機会を作ることも大切です。ミーティングで「最近、試合前の緊張が少し楽になった気がする」といった小さな変化を選手に話してもらう。他の選手が「自分も同じだ」と感じることで、効果の実感が共有され、チーム全体の取り組みになっていきます。

監督が変えるべき視点

メンタルトレーニングが続かない理由を「選手の意識の問題」として片付けてしまうと、何も変わりません。大切なのは、監督自身が「どうすれば続けられる仕組みにできるか」を考えることです。

スポーツ心理学の研究では、心理的競技能力診断検査という尺度が、競技レベルとの関連があることが示されています。つまり、メンタル面の力は確かに競技力に影響します。だからこそ、選手に「やれ」と言うだけでなく、続けられる環境を整えることが監督の役割だと言えます。

選手が自然に取り組める環境とは、特別な時間を作ることではなく、日常の練習の中に溶け込ませることです。朝のミーティングで深呼吸を3回する。試合前に全員で目を閉じて1分間集中する。こうした小さな習慣が、選手にとっての「メンタルトレーニング」になります。

明日から試せる一つのこと

メンタルトレーニングを続けるために、まず試してほしいのは「練習後の5分間」を確保することです。全員でグラウンドに座り、目を閉じて深呼吸をする。それだけで構いません。

最初は選手も戸惑うかもしれませんが、毎日続けることで「チームの習慣」になります。その5分間が、選手にとって心を整える時間になり、やがて試合前に自分で深呼吸をする選手が出てきます。

メンタルトレーニングは、特別な技術ではありません。選手が自然に取り組める環境を作ることが、監督にできる最初の一歩です。明日のグラウンドで試せる一つのことを持ち帰ってもらえれば、それで十分です。