「伝わっているのか」という不安
練習後、選手を呼び止めて声をかけました。「もっと腰を落として構えてみろ」。選手は「はい」と答えて立ち去りました。翌日の練習を見ると、昨日と同じ構えのまま。あなたは少しだけ、ため息をつきました。
指導の効果はすぐには見えません。声をかけた翌日に打てるようになるわけではない。フォームを直したからといって、次の試合で結果が出るとは限らない。それでも監督は毎日言葉を選び、選手と向き合います。
では、指導が「効いているかどうか」は、どうやって測ればいいのでしょうか。教育研究の現場では、指導効果を測る視点が整理されています。それを高校野球の現場に置き換えてみます。
効果には「見える効果」と「見えない効果」がある
教育分野の研究では、指導効果を大きく2つに分けて考えます。一つは「技術面の効果」、もう一つは「情意面・意識面の効果」です。
技術面の効果とは、打率が上がる、球速が上がる、エラーが減る、といった数字で測れる変化です。これは分かりやすい。試合のスコアを見れば、ある程度は判断できます。
もう一つの情意面・意識面の効果とは、選手の気持ちや意欲、チームへの思い入れの変化です。これは数字では測れません。でも、指導者なら誰もが感じたことがあるはずです。「最近、あいつの目つきが変わった」「練習前にグラウンドに来る選手が増えた」という変化です。
英語教育の研究では、発音指導の効果を測る際に、発音の正確さだけでなく、生徒が「英語を話すことへの抵抗感が減ったか」も同時に測定しています。技術が上がっても、本人が「話したくない」と思っていたら意味がないからです。
高校野球も同じです。打率が上がっても、選手が「野球が嫌いになった」では意味がありません。逆に、打率は変わらなくても、「もっと練習したい」と思うようになったなら、それは確実に効果です。
効果が見えるまでの時間は人によって違う
「昨日言ったのに、まだ直っていない」。そう感じたとき、少しだけ立ち止まってみてください。
思春期の子どもを対象にした研究では、同じ指導をしても、効果の現れ方が一人ひとり違うことが報告されています。教師の性別や児童の性別、さらには思春期の発達段階によって、指導への反応が変わるという結果です。
つまり、「この指導法なら全員に効く」という万能の方法は存在しません。ある選手にはすぐ届く言葉が、別の選手には3ヶ月かかることもあります。
25年間指導してきた中で、あなたも経験があるはずです。1年生のときは何を言っても響かなかった選手が、3年生になって突然変わった。あのとき言い続けた言葉が、2年越しで届いたのかもしれません。
効果が見えないからといって、指導が間違っているわけではありません。ただ、まだ時間が必要なだけかもしれない。
「気づき」を待つ指導という選択肢
指導の効果を高める方法として、教育研究では「気づき重視の指導」という考え方があります。これは、教師が答えを与えるのではなく、生徒が自分で気づくまで待つ指導法です。
高校野球で言えば、「腰を落とせ」と指示するのではなく、「今の構え、どう思う?」と問いかける方法です。選手が自分で「腰が高いかもしれない」と気づくまで待つ。時間はかかりますが、自分で気づいたことは忘れません。
この指導法の効果を測った研究では、すぐには結果が出なくても、数ヶ月後に大きな変化が現れることが報告されています。なぜか。自分で気づいたことは、納得しているからです。納得していることは、練習を続けられます。
でも、試合が近いときに「気づくまで待つ」のは難しい。それも事実です。だから、すべてを気づき重視にする必要はありません。ただ、「この選手には時間をかけてもいい」と思える場面で、少しだけ待ってみる。それだけでも変わります。
効果を測るための3つの視点
指導の効果を測るとき、以下の3つの視点を持つと整理しやすくなります。
視点1:技術面の変化
打率、守備率、球速、タイムなど、数字で測れるもの。試合のスコアや練習記録を見れば分かります。これは短期間で測定できます。
視点2:意識・意欲の変化
練習への取り組み方、チームメイトへの声かけ、自主練習の有無など。野球ノートを読むと見えてきます。これは1ヶ月〜3ヶ月で変化が現れます。
視点3:自己理解の深まり
選手が自分の課題を言葉にできるか、自分で改善策を考えられるか。これは対話の中で測ります。変化が見えるまで半年以上かかることもあります。
この3つをバランスよく見ることが大切です。視点1だけで判断すると、「結果が出ないから失敗」と焦ります。視点2や視点3も見ていれば、「まだ結果は出ていないが、確実に前に進んでいる」と分かります。
明日からできる「効果の測り方」
指導効果を測るために、明日から試せる方法を3つ挙げます。
方法1:野球ノートに「今週の変化」欄を作る
選手に「今週、自分が変わったと思うこと」を書いてもらいます。技術面でも意識面でも何でもいい。「声を出せるようになった」でも立派な変化です。これを毎週読むと、視点2・視点3の変化が見えてきます。
方法2:月に1回、選手と1対1で話す時間を作る
3分でもいいので、「最近どう?」と聞く時間を作ります。選手が自分の言葉で話せるかどうかが、自己理解の深まりを測る手がかりになります。
方法3:「効果が見えなくても続ける指導」を1つ決める
すぐに結果が出なくても、これだけは言い続けると決めた指導を1つ持ちます。例えば「試合後は必ず感謝を伝える」など。半年後、1年後に振り返ったとき、選手の言葉や態度に変化が現れているかもしれません。
効果は「積み重なる」もの
指導の効果は、一度の声かけで完結するものではありません。昨日の指導と今日の指導と明日の指導が、少しずつ積み重なって、選手の中に残ります。
だから、「まだ変わっていない」と焦る必要はありません。あなたが選んだ言葉は、選手の中で静かに積み重なっています。それが形になるまで、もう少しだけ待ってみてください。
効果を測る視点を持つことは、焦らないための武器です。技術面だけでなく、意識面や自己理解の変化も見ていれば、「確かに前に進んでいる」と確認できます。それが、あなた自身の支えにもなります。
指導の効果は、グラウンドに必ずあります。ただ、見える場所が一つではないだけです。明日、選手のノートを開いてみてください。そこに、小さな変化が書いてあるかもしれません。